歯科開業に必要な情報を総まとめ!開業のメリット、資金調達、スケジュールから成功のコツまで
歯科医師として働いている方なら、誰もが頭の片隅に思い浮かべるのが独立開業という道。自分で診療所を持てば治療に対するビジョンも描きやすく、収入面でも大きなメリットが期待できますが、その半面、マネジメントに時間をとられるといったデメリットもあります。そもそも歯科医院を開業するためにはどのような準備が必要なのでしょうか。歯科開業のメリットやデメリット、資金調達や情報収集、そして成功のためのポイントなど、独立前に必ず知っておきたいことをまとめました。
日本における歯科医・歯科医院の現状
人口10万当たりの歯科医師数は増加傾向に
歯科開業に必要な情報を収集するに当たり、まずは日本における歯科医師や歯科医院の現状について見てみましょう。厚生労働省がまとめた「医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、2018年12月31日時点での歯科医師数は104,908人で、2016年の前回調査と比べるとおよそ0.4%増加していることが明らかになっています。この増加傾向はここ10年以上変わることなく、歯科医師数は平均して毎年600人程度ずつ増えています。
一方で、すでにご存じのように日本の人口は減少傾向にあります。「総務省統計局ホームページ」によると、2008年に1億2,808万人とピークを迎えたのを皮切りにそれ以降は減少を続け、直近5年間の増減率は-0.8%と微減傾向を示しています。また、先にご紹介した厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、2018年における人口10万当たりの歯科医師数はおよそ83.0人で、こちらも前回調査に比べ約0.6人の増加と、対人口比で見ても歯科医師数は増加傾向にあることがわかります。
歯科医療を取り巻く状況の変化
このように、数字だけ見ると開業歯科医の状況は今後厳しくなるというイメージを抱く方も多いかもしれません。しかしその一方で、歯科保健医療を取り巻く状況は近年大きく変わりつつあり、開業歯科医を目指すうえではそちらにも目を向ける必要があります。
近年の医療事情のなかで、大きな変化といえるのが歯科医療サービスの提供体制です。これまでは歯科医の役割といえば、う蝕のような歯科疾患に対する処置や、抜歯、補綴治療などの歯の形態回復などが中心とされてきました。患者も口腔内の症状が発現してはじめて診療所を訪れる人が多く、歯科医療の提供はあくまで歯科医療機関内で完結するケースがほとんどだったのです。
しかし近年は、80歳で20本以上歯を残す8020(ハチマル・ニイマル)の達成者が50%を超え(※)、小児の虫歯も減少するなど、口腔衛生の状況は大きく改善してきています。人口構造の変化やう蝕のような歯科疾患が減少傾向にあることもあり、今後はただ歯の状態回復を目的とした「治療中心型」の歯科治療だけではなく、患者の全身的な疾患状況も踏まえ、医科医療機関や地域包括支援センターなどとも連携した包括的な医療サービス(地域完結型歯科保健医療)の提供体制を整えることが重要といわれています。
※参考:2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿―
国や患者のニーズに合わせた医療サービスの展開
すでに政府は、歯科疾患と循環器病の因果関係に関わる研究を推進する「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」を2018年12月に公布。また、2019年6月には全身の健康維持を目的として歯周病のような歯科疾患対策を強化する「成長戦略フォローアップ」を閣議決定しており、口腔の健康と全身の健康を関連付けた数々の医療施策を打ち出しています。
今後歯科医院を開業するうえでは、こうした状況の変化を踏まえ、どのような歯科医療を展開するかをイメージすることが重要です。2018年度診療報酬改定では、その目的について「質が高く効率的な医療提供体制の整備とともに、新しいニーズにも対応できる質の高い医療の実現を目指す」ことが明記されています。こうした国策に則った治療は加点傾向にあり、国や患者のニーズに合わせた医療サービスの展開は保険収入を安定させ、歯科医として成功するためにも重要といえるでしょう。
これからの歯科医や歯科医院には、「ただ歯を治す」だけでなく、患者一人ひとりの状態に応じた口腔機能の維持・回復を目指す「治療・管理・連携型」の治療サービスの提供が求められているのです。
歯科医院を開業するメリット・デメリット
歯科医院を開業することで、自分のできることの幅が広がるメリットがある一方、デメリットもあります。開業するうえではそれぞれをてんびんにかけて、じっくりと検討することが重要です。
歯科開業によるメリット
1. 治療方針を自分で決められる
歯科医院を開業すれば、自分がその診療所のトップとして仕事することになります。勤務医とは異なり、患者への向き合い方や治療方針も自分の裁量で決めることができるため、理想とする医師像により近い診療を行うことができるでしょう。 もちろん、勤務医としても理想の診療を追求することは可能ですが、組織に所属するサラリーマンとしての働き方も求められるため、病院の方針と自分の理想との間で葛藤することも少なからずあります。開業医であればこうした制限に縛られることなく、自分のやり方を追求できるというメリットが生まれます。
2. 立地を選ぶことができる
歯科医院の経営において開業場所は重要です。開業場所を自由に選ぶことができるため、自身が理想とする治療方針の特色を活かせるエリアを吟味することができます。また、歯科医院の内装やデザインに関しても、メインとする患者層が快適に過ごしやすい空間を提供することが可能になります。このように場所や内装、デザインに至るまで徹底的にこだわることができるという点は歯科開業によるメリットといえるでしょう。
3. 成功すれば年収アップにつながる
厚生労働省がまとめた「第22回医療経済実態調査 (医療機関等調査) 報告」によると、歯科勤務医の平均年収は590万円、これに対して開業歯科医の年収は1,269.6万円といわれています。
一般的に、開業医は勤務医に比べ年齢も高く医師としての経験年数も長いため、それが年収につながっている点や、経営者としてのリスクを踏まえたうえでの高収入であることには注意が必要です。ただ、それでも開業し軌道に乗れば、勤務医に比べ平均して2倍近くの年収があると考えると、大きなモチベーションになるのではないでしょうか。
歯科開業によるデメリット
1. 診療所を運営する必要がある
これは人によってデメリットかどうか変わる部分もありますが、開業医になれば代表者として診療所を運営する必要があることに注意が必要です。先ほど触れたように診療所の運営方針を決めることはもちろんですが、それ以外にも患者を集めるための広告を出したり、接遇研修といったスタッフ教育を行ったりと、するべきことは多岐にわたります。
また、内装やデザインを含めた診療所のブランディングも重要な仕事のひとつで、それによって集患が大きく変わるケースもあります。自分の技術向上にだけ注力すれば患者が集まってくるわけではなく、診療所の運営に関わるあらゆる業務に目を向けなければいけないことを覚えておく必要があります。
2. 経営者としての責任を負う
歯科開業すれば経営者としての責任を負うことにも注意が必要です。開業する際は多額の資金が必要になるため、一般的には銀行からの融資を利用し、長期的に借金返済の責務を負うことになります。資金繰りといった毎月のキャッシュフローにも目を向けておく必要があります。
また、万一クレームのようなトラブルが発生した場合も、対処するのは代表者である自分ということになります。勤務医とは異なり、自分の診療所で起きたことには自分で責任を持たなければいけない点も、人によってはデメリットと感じることになるでしょう。
3. 集患に時間と費用がかかる
新規で歯科医院を開業する場合、集患に時間と費用がかかるのもデメリットのひとつといえます。通常、地域の人々は自分のよく行く歯科医を決めていることが多く、新しくオープンした歯科医院に来てもらうためには内覧会を催したりチラシを配ったりして認知してもらう必要があります。
特に開業したばかりの時期は口コミも少ないため、ホームページや広告などで地道に集患していく必要があります。居抜きや継承などで開業する場合は、以前の診療所に通っていた患者を引き継ぐケースもあります。
歯科開業に必要な資金
歯科医として開業する際に必要な資金は、開業する地域や形態(居抜きや継承、テナント、土地から建物を建てるなど)によっても大きく異なりますが、5,000万円以上といわれています。この資金は必要になるタイミングに合わせて「設備投資資金」と「運転資金」の2つに分けられます。
設備投資資金
建物や医療機器などのために、初期投資として必要になる資金です。ユニットやレセコン、レントゲンなどの歯科医療設備のほか、電子カルテや予約システム、診療所の内装・外装費用、礼金や敷金などの賃貸費用、集患のための広告費、スタッフの求人費用などが含まれます。レセコンのような医療設備は購入ではなくリースにすることで初期費用を抑え、開業のハードルを下げるという考え方もあります。レセコンの選定のポイントは「歯科業務に欠かせないレセコン、選定する際に知っておきたいこと」で解説しておりますので、併せてご覧ください。
運転資金
開業してすぐ予約が埋まるケースはまずありません。そのため、経営が安定するまでの家賃や人件費としてある程度の運転資金を見積もっておく必要があります。特に保険診療の場合の診療収入は、レセプト請求する都合で請求から入金まで2ヶ月ほどかかることになります。この点も踏まえ、運転資金は余裕を持って6ヶ月分は見積もっておくのがいいとされています。
これらの必要経費を合わせると、少なくとも5,000万円は開業資金として必要になります。(都市部や立地条件のいい場所に開業する場合や土地から建物を建てる場合などはさらに資金が必要となります。)
この資金は開業時に全額用意する必要があるわけではなく、自己資金として一部を用意し、それ以外は銀行の融資や補助金を利用したり、医療機器を購入ではなくリースにすることでキャッシュフローを調整したりするのが一般的です。また、自治体によっては中小企業向けに創業支援融資や金利の補助を行っているケースもあります。開業を検討する際は、早い段階で管轄の自治体に相談してみるといいでしょう。
※歯科医院の開業資金については「歯科開業に必要な資金はいくら?独立前に知っておくべきお金の話」で詳細に説明しています。こちらの記事も併せてご参照ください。
歯科開業に必要な情報、どこで収集する?
歯科医院を新規開業するうえでは、情報収集ができるような相談先を持っておくことが重要です。特に医療業界は他業種と比べると特殊な事情も多く、世の中にあふれている一般業種の開業に関する情報が通用しないケースも多々あります。
歯科医院開業に関する情報の収集先として、まず思い浮かぶのは税理士や同業者などでしょう。お金のエキスパートやすでに開業経験のある先輩からの情報はいかにも役立ちそうですが、情報が限定的になる傾向があることに注意が必要です。税理士の場合はどうしても資金調達や税金に関する情報が中心に、また同業者の場合はその歯科医師の開業形態に関する情報が多くなるので、診療所の運営方針や資金調達の方法について、できるだけフラットに判断できるよう意識する必要があります。また、いずれの場合もセカンドオピニオンが得られにくい点に注意が必要です。
こうした事情を踏まえると、おすすめしたいのは医療機器のメーカー・ディーラーのほか、レセコンなどのソフトウェア系メーカーや開業コンサルタントなどから情報収集する方法です。いずれもさまざまなパターンでの歯科医院開業に関わった経験があり、どのような場所で開業すればいいか、その地域で効果的な集患方法は何か、診療所はテナントと新築のどちらがいいかなど、豊富な情報のなかからフラットな視点でアドバイスをしてくれるでしょう。歯科開業の際に欠かせない開業コンサルや会計事務所などを紹介してもらえることもあります。ソフトウェア系のメーカーは患者管理・患者分析機能を備えているものも多いため、それらの知見は開業のための情報取集の参考となるでしょう。
また、これらのディーラーやメーカーは開業相談やセミナーなどを定期的に開催しているケースもあるため、こうした場を利用して情報収集したり、同じように開業を検討している仲間を見つけたりするのもひとつの方法です。
歯科開業までのスケジュール
歯科医として開業するためには、どのような準備が必要になるのでしょうか。一般的なクリニック開業までのスケジュールを見てみましょう。
※それぞれの段階で必要な期間はテナントか新築かなどの開業形態によるほか、物件探しや構想にどれだけの時間をかけるかによっても大きく変わります。ここでは比較的短期間で開業できるテナントを利用する前提で、一般的に目安とされている期間を記載しています。
1) 構想段階:12〜24ヶ月前
どのような診療所にするかを構想する段階です。広さや立地、内装の雰囲気のほか、診療所のコンセプトや資金計画(自己資金と融資の割合など)をできるだけ具体的にイメージしておくと、以降のステップに進みやすくなります。
2) 計画段階:10ヶ月前
具体的に開業計画を立て始める段階です。物件の選定や内装の見積り、設備の見積りなどを取得し、具体的な事業計画に落とし込んでいきます。具体的な融資可能額を銀行に相談したり、歯科医師会や管轄の厚生局へ相談したりするのもこの段階です。また、開業に当たってはそのコンセプトや立地などが重要になるため、開業コンサルティングを利用するケースも多いようです。その場合もこの計画段階で相談しておくといいでしょう。
●関連コラム:歯科開業の事業計画書 覚えておきたい作成ポイントを解説
3) 開業準備:6ヶ月前
本格的な開業準備に乗り出す段階です。ユニットやレセコン、レントゲンなど医療設備の決定、物件・内装業者の決定、融資を受ける金融機関の決定などを行います。決めごとが多く次第に忙しくなり始めますが、具体的に物事が進んでいることを実感できるのもこの段階です。
※歯科医院で使える補助金・助成金については、概要をまとめたこちらを併せてご覧ください。
●関連コラム:歯科医院で使える補助金・助成金の概要まとめ【設備投資や人材確保・育成を充実させる方法】
4) 物件工事:4ヶ月前
物件を契約し、実際に内装工事が始まる段階です。ここから先は事業計画の修正が難しくなるため注意が必要です。テナントから開業する場合はおよそ4ヶ月前から始めるのが一般的ですが、診療所を新築する場合は1年程度かかる場合もあります。
5) 開業前準備:3ヶ月前
備品や消耗材料の契約、診療所スタッフの採用、ホームページ、内覧会、役所に提出する書類など、開業にまつわるさまざまな準備を行います。また、内装工事が完了し、ユニットやレントゲンなどの大型機器の取り付けを行うのもこの時期です。決めごとが多く煩雑になりやすいため、しっかりと計画的に準備していきましょう。
6) 開業直前準備:1ヶ月前
内装工事や機器導入などをすませ、直前準備に入る段階です。医療スタッフの決定や研修のほか、保健所の検査、役所への届出書類申請などを行います。歯科医師会への入会も済ませておくとよいでしょう。また、地域の方へ歯科医院のオープンを知らせる内覧会を行うのもこの時期です。
7) オープン初期段階
いよいよオープンですが、最初の2ヶ月は診療報酬が入ってこないため、用意していた運転資金で経費や人件費を賄うことになります。そのため最初は最低限のスタッフでスタートし、収支から人件費を払えるようになった段階であらためて求人を行うのもひとつの方法です。
歯科クリニックの開業までのスケジュールについては「歯科クリニック開業までのスケジュール、シミュレーションできていますか?」で詳細に説明しています。こちらの記事も併せてご参照ください。
歯科医院開業の成功の秘訣
ここまで、日本における歯科医院の現状や開業のメリット・デメリット、クリニック開業までのスケジュールなどを見てきましたが、歯科医院を開業し成功するためにはどのようなことを意識すればいいのでしょうか。
どのように集患するか
開業する場合、口コミが集患の重要なポイントになることは珍しくありません。第一に歯科医師としての技術はもちろんですが、住民の方々はお互いに「〇〇の先生は説明が分かりやすかった」「親身になって治療してくれた」という情報を交換し合っており、患者とのコミュニケーションはそのまま集患につながる要素になります。そして、それらの患者管理が可能なレセコンやWEB予約ソフトなど、患者分析機能も要するソフトを利用し患者管理・集患につなげることを想定しておくのも良いでしょう。
また、歯科医院のコンセプトも重要なポイントのひとつです。WEB予約を使い予約患者にリマインドのSMSを送り、患者が通いやすい環境づくりに力を入れたり、安心して治療を受けられるようコミュニケーションを重視したり、生活習慣の改善による予防を重視するなど、どの歯科医院にもコンセプトがあります。こうしたビジョンが地域の方々に共感されれば、患者の固定化にもつながるでしょう。
経営スキルを身に付ける
歯科医として成功するためには、技術や歯科医院のビジョンだけでなく、経営者としてのスキルも重要な要素です。いくら地域の方に喜ばれても、資金繰りが悪化してしまえば診療所を閉めざるを得なくなってしまいます。
そうならないためには、事業計画段階から必要なリソースや設備、ランニング費用などをしっかりと計画し、資金繰りの見通しを立てておくことが重要です。医療機器のディーラーや、レセコン・電子カルテ、WEB予約などのソフトウェア系メーカーが開催するセミナーに参加して、経営者としてのスキルを身に付けておくのもおすすめです。また、必要に応じて開業コンサルサービスの利用も検討しておくといいでしょう。
近年の歯科医・歯科医院の現状も踏まえる
先に紹介したように近年の歯科医療は、ただ歯の状態回復を目的とした「治療中心型」から、患者の全身的な疾患状況を踏まえた包括的な医療サービスを提供する「治療・管理・連携型」へと移行しつつあります。これは厚生労働省が将来的なビジョンとして示している方針ということもあり、開業するうえではこうした動きを踏まえ、歯科医院のコンセプトや治療方針を立てていくことが重要です。
また、近年は年金の受給年齢が引き上げられるといったように、日本の保険制度が以前ほど盤石とはいえなくなってきています。そのため、国民皆保険制度が万一にも崩壊に向かった場合のリスク回避として、保険診療の収入に頼らなくてすむ自費治療に力を入れるのも重要な施策のひとつで、この割合をどれだけ増やせるかが歯科医として成功のポイントになります。
歯科医師として成功するためのポイントは「失敗する歯科医院は開業前に決まっている?成功のために身につけたいスキルと知識」で詳細に説明しています。こちらの記事も併せてご参照ください。
まずは情報収集から
歯科医として開業するかどうかは、ご自身の人生設計やどのような歯科医になりたいかにも関わるため、必ずしもそれだけが道ではありません。しかし、開業することで自分にできることが増えるのも事実です。もし迷っているなら、まずは情報収集からでも始めてみることをおすすめします。