Newsニュース

歯科医院のM&A メリットから手順まで解説

歯科医院のM&A メリットから手順まで解説

近年、多くの歯科医院では経営者の高齢化や後を継ぐ人材の不足という課題に直面しており、医院を存続させるための新しい選択肢として、M&A(合併・買収)への関心が高まってきています。

本記事では、歯科医院のM&Aについて、基礎知識から具体的な進め方、成功のポイントまで、実務に役立つ情報をわかりやすく解説していきます。

歯科医院のM&Aとは?現状と動向

歯科医院のM&Aは、単なる医院の売買にとどまらず、患者さんへの継続的な医療提供と従業員の雇用維持を実現する重要な手段となっています。近年の動向から、その特徴を詳しく見ていきましょう。

  

歯科業界でM&Aが増加している背景

歯科業界におけるM&Aの増加には、主に3つの要因があります。まず、多くの歯科医院が経営者の引退時期を迎え、世代交代期が到来していることです。次に、子世代のライフスタイルや価値観の変化により、従来の親子間承継が難しくなっていることが挙げられます。さらに、新規開業医の増加や患者ニーズの多様化による競争激化により、単独での経営維持が困難になるケースが増えています。これらの要因が重なり、事業継続の選択肢としてM&Aが注目されています。

  

歯科医院M&Aの主な形態

歯科医院のM&Aには、主に個人医院の譲渡と医療法人の持分譲渡という2つの形態があります。

  

1.個人で経営している医院の場合(事業譲渡)
・譲渡対象:医療機器、患者データ、営業権など
・メリット:手続きが比較的シンプル
・留意点 :契約の切り替えや許認可の再取得が必要な場合あり

2.医療法人の場合(法人の株式譲渡)
・譲渡対象:医療機器、患者データ、営業権に加え、負債を含む医療法人の資産全般
・メリット:既存の契約関係や許認可を継続可能、法人格を維持したまま経営権が移転
・留意点 :簿外債務や隠れた債務のリスクがあり、詳細なデューデリジェンスが必要

  

このように、個人医院と医療法人では引き継ぎ方が大きく異なります。譲る側も譲り受ける側も、それぞれの状況をよく考えて決める必要があります。

  

なお、医院の継承方法としては、M&A以外にも親族や従業員への「事業承継」や、設備や内装などをそのまま引き継ぐ「居抜き物件」での開業なども選択肢として考えられます。事業承継の進め方や居抜き物件選びのポイントについては、下記のコラムページで詳しく解説していますので、併せてご参照ください。

  

歯科医院の継承開業を失敗しないために知っておきたいこと
メリットばかりではない?歯科における居抜き物件の選び方と開業のポイント

歯科医院M&Aのメリット・デメリット

歯科医院のM&Aを検討する際には、双方にとってのメリット・デメリットを十分に理解することが重要です。

  

売却側(譲渡側)のメリット・デメリット

売却側のメリット

医院を譲る側にとって最も大きな意味を持つのは、長年築き上げてきた医院の継続性を保てることです。具体的には、働いているスタッフの雇用が守られ、患者さんも同じ医院で引き続き診療を受けられる環境が維持されます。

経営者自身にとっても、様々なメリットがあります。医院の売却代金を将来の生活資金として確保できるだけでなく、これまで負担となっていた借入金の個人保証から解放されます。また、廃業する場合に比べて、必要な費用も大幅に抑えることができるでしょう。

さらに、新しい働き方を選択できる点も見逃せません。経営の負担から解放されることで、本来の診療業務に専念できるようになります。また、譲渡先との相談次第では、非常勤医師として継続して働くことも可能です。このように、医院の売却は、患者さん、スタッフ、そして経営者自身にとっても、将来に向けた前向きな選択肢となり得ます。

  

売却側のデメリット

医院を譲る際の不安要素として、まず思い描いていた売却価格で合意できない可能性があります。また、長年築いてきた診療方針が変更されることへの不安や、大切な患者さんとの関係が変化することへの心配もあるでしょう。

スタッフとの関係も新しい体制により変わる可能性があり、さらに売却の話が始まってから実際の引き継ぎまでには相当の時間を要することも考慮しなければなりません。

  

買収側(譲受側)のメリット・デメリット

買収側のメリット

医院を引き継ぐ側の最大の利点は、新規開業と比べてすぐに診療を始められることです。既存の患者さんやベテランスタッフがいることで、地域での信頼関係もそのまま引き継ぐことができます。また、新規開業時に必要となる多額の設備投資を抑えられる点も大きな魅力です。これらの要素により、比較的早い段階から安定した経営を見込むことができ、スムーズな医院運営のスタートが期待できるでしょう。

  

買収側のデメリット

医院を引き継ぐ側が直面する最大の課題は、適切な買収価格を判断することの難しさです。取引完了後に予期せぬ負債が見つかるリスクもあるため、専門家による詳しい調査が欠かせません。また、既存のスタッフとの信頼関係づくりには時間がかかり、古くなった医療機器の更新費用なども考慮する必要があります。さらに、診療方針の違いにより患者さんが離れてしまう可能性や、地域性の違いによる医院運営の難しさも重要な検討ポイントとなるでしょう。

  

このように、メリット・デメリットは医院の規模や地域性、経営状況によって異なる影響を及ぼします。そのため、M&Aを検討する際は、専門家のアドバイスを受けながら、自院の状況に即した判断を行うことが重要となります。

歯科医院M&Aの具体的な進め方

歯科医院のM&Aは、慎重な準備と専門的な知識が必要な取引です。ここでは、実際の進め方について、準備から完了までの流れを具体的に解説します。

  

M&A実施までの基本的な流れ

歯科医院のM&Aは、通常以下の手順で進められます。

  

1.準備段階

まずは、医院の現状を詳しく把握することから始めます。財務資料をまとめ、診療実績を整理します。患者さんの通院データや医療機器の状態なども確認が必要です。また、スタッフの方々の継続意向を確認しておくことも大切です。この段階で医院の強みと改善点を明確にしておくと、その後の交渉を有利に進められるでしょう。

  

2.基本合意

売り手と買い手の双方で、取引の大枠について合意を形成します。具体的には、おおよその売却価格や、引き継ぐ対象となる資産の範囲、スタッフの処遇などについて話し合います。特に重要なのは、これまでの診療方針をどのように継続していくかという点です。この段階で双方の考えを擦り合わせておくことで、後々のトラブルを防ぐことができます。

  

3.デューデリジェンス(適正評価手続き)

専門家が医院の状況を詳しく調べる段階です。財務状況や法律面のチェックに加え、歯科医院特有の項目も確認します。例えば、保険診療の請求は適切か、医療安全の管理体制は整っているか、各届出や許可は有効かなどをチェックします。また、医療機器の稼働状況や更新時期についても詳しく調査します。

  

4.最終契約とクロージング

いよいよ具体的な引き継ぎ条件を決めていく段階です。売却価格の最終決定、引き継ぎ後の運営体制、引き継ぎ期間中の役割分担などを細かく協議し、それらを契約書に反映させます。契約締結後は、実際の引き継ぎ手続きと代金の支払いが行われ、各届出や許可の変更手続きも並行して進めていきます。

これらのプロセス全体には通常6ヶ月から1年程度の期間を要します。特に歯科医院特有の手続きもあるため、十分な準備期間を確保することが成功への近道といえるでしょう。

  

売却価格の算定方法

歯科医院の売却価格は、主に収益還元法、純資産価額方式、そして営業権(のれん)の評価という3つの方式を組み合わせて算定されます。

  

収益還元法による評価

この方法では、医院の収益力に基づいて価値を算定します。過去3年程度の利益実績を基に、将来の収益を予測します。具体的には、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前の利益)に一定の掛け率を乗じて計算します。その際、医院の立地や競合状況も考慮して、将来の成長性を見込んだ調整を行います。

  

純資産価額方式による評価

医院が持つ資産の価値を評価する方法です。医療機器や設備、建物などの資産を現在の市場価値で評価します。同時に、リース料の支払いや保証金などの債務も考慮に入れます。また、日々の運営に必要な資金として保有している預金なども評価の対象となります。

  

営業権(のれん)の評価

長年の営業で築き上げた目に見えない価値を評価します。具体的には、定期的に通院している患者さんの数、地域での知名度、スタッフの技術力などを考慮します。また、保険診療と自由診療の割合なども、将来の収益性を判断する重要な材料となります。

  

最終価格の決定と調整

これらの評価に加えて、医院を取り巻く環境も考慮します。例えば、近隣の人口動向や競合医院の状況、設備の更新時期なども価格に影響します。一般的に、買収側は5-7年での投資回収を目指すため、その視点からも価格の妥当性を検討します。また、一括払いか分割払いかといった支払条件や、引き継ぎ期間中の技術指導の有無なども、最終的な価格に反映されます。

  

必要な準備と書類

M&Aを円滑に進めるためには、以下のような書類や情報の準備が必要となります。

  

財務関連書類の準備

基本となるのは直近3年分の決算書です。これに加えて、月ごとの収支状況や、保険診療・自由診療別の収益内訳も必要となります。この内訳は、医院の将来性を判断する重要な指標となるためです。また、未回収となっている診療費や、借入金の返済状況についても、詳しい資料を用意します。

  

患者データの整理

患者さんに関する基本的なデータが必要です。新しい患者さんの増加数、継続的に通院している方の割合、診療圏における年齢層別の患者構成などをまとめます。また、来院の頻度や治療の継続率、予約のキャンセル率なども、医院の安定性を示す重要な情報となります。

  

医療機器と設備の資料

医院が保有する医療機器のリストを作成します。それぞれの機器について、いつ購入したのか、減価償却はどの程度進んでいるのか、定期的なメンテナンスは行われているのかなどを記録します。特に、デジタルレントゲンやCAD/CAMシステムといった高額な機器については、より詳しい情報が求められます。

  

人事・労務関連資料

スタッフに関する情報も重要です。給与体系、勤務シフト、資格の保有状況などをまとめます。特に歯科衛生士や歯科技工士といった専門職については、より詳しい情報が必要です。併せて、労働保険や社会保険の加入状況、就業規則の整備状況なども確認項目となります。

このように段階的かつ体系的に準備を進めることで、スムーズなM&Aの実現が可能となります。特に歯科医院の場合、医療機関としての特殊性を考慮した準備が重要となります。

歯科医院M&A成功のポイント

M&Aを成功に導くためには、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。ここでは、売却側・買収側それぞれの立場から、成功のための具体的なアプローチ方法を解説します。

  

売却側が押さえるべきポイント

医院を売却する際は、まず現状を客観的に評価することが大切です。特に重視すべきなのは、安定した患者さんの確保と、スタッフの定着率です。日頃から患者さんへの丁寧な対応を心がけ、スタッフが働きやすい環境を整えることで、医院の価値は高まります。

また、設備の定期的な更新や院内の清潔感の維持も、評価に大きく影響します。これらに加えて、日々の経営データをしっかりと記録し、経営状態を数字で示せる体制を整えておくことも重要です。

  

買収側が注意すべきポイント

医院を引き継ぐ側は、対象となる医院の将来性を慎重に見極める必要があります。具体的には、医院の立地条件、周辺の競合状況、患者層の年齢構成などを詳しく分析します。

既存のスタッフとの関係づくりや、診療方針の調整など、目に見えない部分での準備も欠かせません。特に重要なのは、引き継ぎ後の具体的な経営計画を持っているかどうかです。ビジョンが明確であれば、スタッフや患者さんの理解も得やすくなります。

  

患者・スタッフへの影響

M&Aによる経営権の移転は、患者さんやスタッフに大きな影響を与えます。医療サービスは人との信頼関係が基本となるため、丁寧な説明と段階的な引き継ぎが必要です。特に、診療時間や診療方針の変更は、患者さんの生活に直接関わる問題です。十分な準備期間を設けて、徐々に変更を進めていくことが望ましいでしょう。

スタッフの不安を和らげるためには、早い段階から情報を共有し、新体制での役割や待遇を明確に示すことが大切です。このような配慮により、医院の継続的な発展と、患者さんへの安定したサービス提供が実現できます。

  

専門家の活用方法

M&Aを成功させるには、専門家のサポートが欠かせません。M&A仲介会社は、買い手と売り手のマッチングから交渉の進め方まで、全体的な流れをサポートしてくれます。会計士や税理士は、財務面での適切な判断をお手伝いし、弁護士は契約面での保護を担当します。

特に歯科医院の場合、医療法や保険制度に関する独特の規制があるため、医療分野に詳しい専門家を選ぶことが重要です。

  

デューデリジェンスのチェックポイント

医院の詳細調査では、一般的な財務内容の確認に加えて、歯科医院特有の項目もチェックします。例えば、保険診療の請求が適切に行われているか、医療安全の体制は整っているか、患者さんの個人情報はしっかり管理されているかなどを確認します。また、医療機器の状態や更新時期、修繕履歴なども、将来の投資計画を立てる上で重要な情報となります。

  

よくあるトラブルと対処法

M&Aの過程では、いくつかの課題が生じることがあります。最も多いのは、引き継ぎ後に患者さんが離れてしまうケースや、スタッフが退職してしまうような人的な問題です。こうした事態を防ぐには、早い段階から情報を開示し、丁寧なコミュニケーションを心がけることが大切です。

また、引き継ぎ後に予期せぬ問題が見つかることもあります。例えば、表に出ていない借入金が発覚したり、医療機器に不具合が見つかったりすることがあります。このようなリスクに備えて、契約書には詳しい確認事項(表明保証条項)を設けることをお勧めします。

まとめ

歯科医院のM&Aは、単なる事業の売買ではなく、地域医療の継続性を確保する重要な手段となっています。成功のカギは、十分な準備と適切な専門家の活用、そして何より患者さんとスタッフへの配慮です。M&Aを検討する際は、この記事で解説した各ポイントを参考に、慎重に検討を進めていくことをお勧めします。特に歯科医療の特殊性を踏まえた上で、長期的な視点での判断が求められます。

Reference関連情報